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膳所城跡の歴史|琵琶湖の水城から湖畔の公園へ

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膳所城跡の歴史|琵琶湖の水城から湖畔の公園へ

いまは湖畔の公園として親しまれる膳所城跡。築城、廃城、移された城門をたどり、町に残る城の歴史を紹介します。

公開・情報確認:2026年10月1日

1601年に築かれた膳所城

大津市の資料によると、膳所城は関ヶ原の戦いの翌年、1601年に徳川家康の命で築かれました。初代城主は戸田一西。城の西側には東海道に沿って城下町が広がりました。

城跡だけを見るのではなく、湖と道、周辺の町の位置をあわせて見ると、膳所がどのような場所だったかを考える手がかりになります。
膳所城跡周辺の歴史文化遺産マップ(大津市・PDF)

琵琶湖へ張り出した「水城」

大津市歴史博物館は、膳所城を琵琶湖に本丸が張り出す水城として紹介しています。水辺の景観と城の構えが結び付いた城で、本多家の居城としても知られています。

現在の湖岸の形は当時と同じではありません。散策の際には、歴史文化遺産マップの本丸・二の丸などの推定範囲を見ながら、今の風景に昔の城の広がりを重ねてみてはいかがでしょうか。
膳所城跡公園(大津市歴史博物館)

1870年の廃城と、町に残った城門

膳所城は1870年に廃城となりました。建物が取り壊された後も、城門の一部は移築され、周辺の神社などに受け継がれています。

たとえば大津市は、膳所神社の表門を膳所城から移された門として紹介しています。城跡から神社へ視線を広げると、別の場所で残された城の姿を知ることができます。
膳所神社の表門(大津市)

公園と城下町を歩いてみる

本丸跡は現在、膳所城跡公園として整備されています。天守を見る場所というより、湖畔の風景と周辺に残る遺構から城の歴史をたどる場所として予定を立てると、散策の目的が定まりやすくなります。

最初は公園と一つの神社を選び、余裕があれば範囲を広げてみましょう。神社は今も信仰の場です。見学できる範囲や現地の案内を確かめ、参拝する方への配慮も大切にしてください。

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